浅見にしたって、ここ何年も電話帳を紐解いた記憶がなかった。すべて「一〇四」に問い合わせて、用を足している。それを処理するのに要する経費が膨大なものだそうだ。NTTが番号問い合わせを有料にしなければならなかった気持ちもわかるような気がする。それに反対しようという理由のほうが、よほど納得できない。
試みに、浅見は職員の戸田に訊いてみた。
「この電話帳、あまり使ってませんね?」
「ああ使いませんな、面倒やし、一〇四に訊いた方が便利やもんね」
そうなのだ、人々は利便性を追求する。便利であって効率的であれば、多少の無駄や弊害には目をつぶってしまう。フロンガスなどというのは、その最たるものだ。オゾン層を破壊して人類を地球を亡ぼしかねないことが分かっていても、なかなか使うことを止めない。
その面倒な電話帳を、弓岡は紐解いたのである。
浅見は何となく厳粛な気持ちになって、電話帳のページを繰った。
またしても浅見は、弓岡の視点になっている。弓岡がページを開く、その時の気持ちになっている。
実に当たり前のことだが、弓岡が電話帳を紐解いたということは、彼がここで合うべき人物の名前を知っていることを示している。
浅见已经不记得上次打开电话簿是在多少年以前了。平时都是打电话问“104”,就已经够用了。听说提供“104”服务需要很多经费,这样一来似乎也能够理解为什么NTT非要对号码查询服务收费不可。而那些持相反意见的人的说辞也就不足采纳了。
浅见试着问了问身为工作人员的户田。
“这个电话簿都没怎么用过吧?”
“确实没怎么用过,太麻烦了,直接问104多方便啊。”
确实如此,人们都会追求便利性。只要方便、高效,那就算多少有些浪费和害处,人们也会不闻不问。氟利昂之类的化工产物就是最典型的例子。虽然大家都知道使用氟利昂难免会破坏臭氧层,甚至进而导致地球和人类的灭亡,但这种行为却屡禁不止。
就是这么个麻烦的电话簿,弓冈曾经翻阅过它。
浅见不知怎么的变得严肃了起来,翻过了电话簿的一页。
浅见又一次进入了弓冈的视角,体会着弓冈当时翻动书页的感受。
有一点非常明确,弓冈翻阅电话簿的这一举动表明他肯定知道要见之人的姓名。
先生の教えをお願い致します。
靡不有初,鲜克有终……